This article was first published by Public Rhythm (May/2016)

フランス出身の音楽家Pierre LefeuvreによるプロジェクトSaycet。múmを始めとする北欧のエレクトロニカ・アーティスト達にも通じるその繊細なエレクトロニクスと女性ヴォーカルが紡ぐ美しいメロディが日本でも好まれ、2011年にはアルバム『Through the Window』と共に初来日を果たす。今回はその彼が久しぶりのフル・アルバムとなった最新作『Mirage』を携えて、今年4月に六本木の新ヴェニューVARITで開催した一夜限りの公演直前に実施したインタビューを紹介します。

Interview: Saycet
by KanouKaoru
Translation by 佐藤麻美 (Bureauexport)

–よろしくお願いします。まず4年ぶりのアルバムとなった今回のアルバム『Mirage』ですが、その制作はどのように始まったのでしょうか?

Saycet: 制作自体は前作『Through the Window』のリリース後すぐに始めました。アルバム作りで毎回同じことをしたくない性分なので、自分の新しいスタイルを見つけるのに時間を要しましたね。あまり急がずマイペースに取り組んだのです。
4年というのは本当に長い年月で、色々な発見がありました。収録曲のほとんどは1年目に書き上げていたのですが、音の調整に時間がかかりましたね、4年目に入ってからも色々と変更したり。それはワインが年を重ねるに連れて熟成していくのにも似ていました。

–アルバム・タイトルの『Mirage』にはどのような思いが込められているのでしょうか?

Saycet: 言葉通り“幻想”という意味で付けたタイトルです。見ているものとその裏に隠されているもの…自分の作曲スタイルにも当てはまるなと考えています。

–その作曲方法について少し具体的に教えて下さい。

Saycet: 作曲はピアノから始めます。全ての曲で私がメロディを書いているわけではなく、ヴォーカルのフォン(Phoene Somsavath)もかなり歌メロを提案してくれるので、二人で作業しながら完成させるということが多いです。男性ヴォーカルの曲のメロディは自分で書いて歌っていますね。
人の声は歌だけでなく楽器のように使うこともあります。私は昔サウンド・エンジニアをしていたのですが、その頃に覚えたテクニックを用いて自分で演奏した楽器をサンプリングしてラップトップで加工するということもよくありますね。

–本作に影響を与えたものとして、建築家ル・コルビュジエが手がけたユニテ・ダビタシオンをあげていますね。具体的にユニテ・ダビタシオンからどのようなインスパイアを受けたのでしょうか?

Saycet: 今回のアルバムの制作中、マルセイユのユニテ・ダビタシオンに年に1週間ほど滞在する機会があったのです。ユニテ・ダビタシオンに限らず様々な現代建築から影響を受けました。具体的に言葉にするのは難しいのですが、結局建築も音楽も人間の脳から生み出されるものという点では同じであり、純粋に自分が建築物から感じたことを音楽として表現しようとしました。対称性や装飾に対する美意識から影響を受けたと言えるかもしれません。

–以前にも日本のアニメーションのサンプリングをされていましたね。そうやって音楽以外の分野から影響されることはよくあるのですか?

Saycet: そうですね。特に日本の文化なくしてSaycetというプロジェクトは生まれなかったといえるくらいデビュー・アルバムの頃から影響を受けています。ジブリの映画もそうですし、『茶の味』という映画が好きです。コメディではありますが、悲しい面もありますし、映画の中にある美意識にものすごく感化されました。

–なるほど。先ほどサウンド・エンジニアのお仕事をしていたとおっしゃられていましたが今はSaycet一筋ですか?

Saycet: そうですね。作曲家として広告やドキュメンタリー、美術館への楽曲提供もしています。今回のアルバムにも幾つかLe Centre Pompidouへの提供曲がベースとなっている曲があります。
僕はSaycetとしてアルバムをリリースしたのは遅かったのですが、その前からずっと音楽しかやっていなかったので、具体的にいつからSaycetを始めたという感覚はないのです。

–そろそろライヴの時間が近くなってしまいました……スタジオワークとライヴでは意識の違いはありますか?

Saycet: ライヴではアルバムと同じにならないように演奏するというのをまず意識していて、自分の感情が爆発しそうになるくらいラジカルに演奏する傾向があります。今回はシンガーのフォンがいないので、サンプリングをライヴで使うのですが、アルバムとは違う面を見せたいと思っています。それは『Mirage』の”見えているものと見えないもの”というコンセプトにも繋がっていると思います。

–ライヴを楽しみにしています。これが最後の質問になりますが、Saycetとして次回作の構想はもうありますか?

Saycet: まだ具体的なプランはないのですが、なるべく歌声がないアルバムを作りたいなとは考えています。ジャンルという枠組みから離れたもっと自由な表現方法も追求したいし、もっとミニマルな楽曲も作ってみたいですね。これは今考えてることなので3年後にはまたどうなっているかはわからないですが。(笑) でも、今回のツアーでいろんな国を回って影響も受けたし、また日本にも戻ってきたいので、なるべく早く次のアルバムを発表出来たらいいなと考えています。